大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和62年(ネ)515号 判決

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)の敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求及び附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)は主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金一三七六万円及びこれに対する昭和五七年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審における請求の減縮)。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加し訂正するほか、原判決事実摘示中控訴人と被控訴人とに関する部分のとおりであり、証拠関係は原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表八行目の「一〇〇〇万円」を「五〇〇万円」と、同九行目の「五〇〇万円」を「一〇〇〇万円」と各訂正する。

2  原判決六枚目裏一一行目ないし同一二行目の「八三一〇万円」を「一三七六万円」と改め、同八枚目裏一行目から同九枚目表二行目までを次のとおり改める。

「(4) 平島ビルの各専有部分の新築時の価額は、次のとおり合計一億〇四〇〇万円であった。

原判決添付別紙(一)番号1の専有部分

七五〇万円

同 2の専有部分

七〇〇万円

同 4の専有部分

一五〇〇万円

同 5の専有部分

一五五〇万円

同 6の専有部分

一五五〇万円

同 7の専有部分

一四五〇万円

同 8の専有部分

一四五〇万円

同 10の専有部分

一四五〇万円

(5) 前記一括売却代金五七〇〇万円のうち、登記官の過失により違法に表示登記がなされた右番号1及び2の各専有部分(以下「本件専有部分」という。)に相当する価額は、次の按分計算のとおり、七九四万円となる。

五七〇〇万円×(七五〇万円+七〇〇万円)÷一億〇四〇〇万円=七九四万円

被控訴人は、新築時の価額が合計一四五〇万円である本件専有部分を七九四万円で売却することを余儀なくされた訳であり、なおかつ抵当権抹消に六〇〇万円を支出しているから、実質的にみて、本件専有部分を売却することにより一九四万円の売買代金を得たにすぎなかったことになる。したがって、本件専有部分の新築時の価額合計一四五〇万円と現実に取得した売買代金額一九四万円との差額一二五六万円は前記登記官の過失行為と相当因果関係にある被控訴人の損害ということになる。

(二) 弁護士費用 一二〇万円」

3  原判決九枚目表三行目から同六行目までを次のとおり改める。

「よって、被控訴人は控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右賠償金一三七六万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五七年一二月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

4  原判決九枚目裏一行目ないし同二行目の「同(3)、(4)の各事実は知らない。同(5)の事実は否認する。」を「同(3)ないし(5)の各事実はいずれも知らない。」と改める。

(控訴人の補充主張)

平島ビルの所有権の帰属について

以下の事情を考慮すると、平島ビルの所有権は、平島に原始的に帰属していると解するのが相当である。

本件工事に関する請負契約書(〈証拠〉)によると、請負代金の大半の支払は「完成引渡後建築物分譲完了のとき」であり、建設共同企業体協定書(〈証拠〉)によっても、「建築物分譲完了後直ちに施主より受領支払う」となっている。これを合理的に解釈すれば、本件工事の施主である平島が平島ビルの所有権を原始的に取得し、同人がこれを分譲して取得した代金をもって請負代金の支払に充てることが予定されていたものと認められる。被控訴人が平島ビルを自己の所有に帰属させ、もって、注文者である平島に請負代金の支払を強制させる意思を有するものではなかった。

このことは、後日被控訴人の代表者である株式会社久田組(以下「久田組」という。)が平島ビルの一部につき区分建物表示登記の申請を行った際、右久田組は、右建物部分の所有者を平島とする内容の添付書類を提出していたこと、新築建物の表示登記は所有者において右建物の完成後一月以内にその申請をなす義務があるところ、被控訴人は、平島ビルの新築後約八か月間にわたり、表示登記の申請を放置していたこと、平島ビルの敷地の賃借人は平島であり、平島ビルの分譲によって所有権を取得する者に対して敷地の転貸を行い得る者も平島であって、被控訴人が平島ビルを分譲し買受人に敷地を転貸し得る余地はなかったこと等からも明らかである。

登記官の行為の違法性及び過失について

(1) 平島ビルの所有権は、右にみたとおり平島に原始的に帰属するから、平島の申請に基づいて表示登記を行った登記官の行為に何らの違法、過失もない。

(2) 仮に、平島ビルの所有権が被控訴人に原始的に帰属するとしても、被控訴人は、平島ビルの所有権の帰属如何に拘らず、これを平島に分譲させ、その分譲代金をもって請負代金の回収を図る予定でいたことが明らかである。したがって、被控訴人は、平島ビルの表示登記を平島名義で経由することを当然に許容していたと解すべく、右平島の申請に基づいて表示登記を行った登記官の行為に違法、過失はない(以下において、本件専有部分についての表示登記を「本件表示登記」という。)。

(3) 本件において、登記官は、所有権を証する書面(〈証拠〉)、土地家屋調査士である原審相被告池田國廣(以下「池田」という。)作成の建物調査書(〈証拠〉)及び実地調査の結果を総合して、平島ビルの真実の施工者は被控訴人の構成員たる平島建設であり、平島建設から平島に対する引渡しは完了しているから、平島ビルの所有者は平島であるとの判断に達した。右において、登記官は、被控訴人の構成員たる平島建設の従業員から土木基礎工事を久田組が、建物本体工事を平島建設が各施工したとの回答を得ていたほか、平島が平島ビルの各専有部分の鍵を所持していることも確認した。以上の調査結果は、前記池田作成の建物調査書の記載とも一致するものであった。

登記官としては、被控訴人の構成員たる平島建設及びその代表者たる平島が被控訴人の利益に反する行動をとることなど容易に考え難いところであり、右のように利益に反する異常な行動をとる事態を常に考慮して、被控訴人に対し真実の施工者及び引渡しの有無について問合わせをし、調査をしなければならないとすれば、登記官に過大な義務を課することになって不当である。ちなみに、平島建設と建設共同企業体協定書を締結した久田組ですら、右平島の背反行為を予想できなかったのである。

因果関係について

仮に、登記官に過失があるとしても、右過失行為と被控訴人が抵当権を抹消するため被担保債務の弁済として出捐した六〇〇万円との間には、相当因果関係がない。被控訴人は、平島名義による本件表示登記の存在に拘らず、本件専有部分の所有権を有しているはずであり、平島がこれに設定した抵当権の登記は無効であるから、前記登記官の過失と相当因果関係にある被控訴人の損害は、右抵当権設定登記の抹消登記手続費用に限られるべきである。また、被控訴人は、右の抹消登記手続請求訴訟を提起することなく、合理的な根拠もないまま、本件専有部分を安価に売却してしまったのであるから、右売却に基づく損害は登記官の過失との間に因果関係がない。

(被控訴人の補充主張)

平島ビルの所有権の帰属について

平島ビルは分譲目的で建築された建物であり、請負代金は、その大半が各専有部分の分譲終了後に請負人である被控訴人に支払われる約定であった。したがって、被控訴人は、右請負代金の支払を確保するため、平島ビルの所有権を自己に原始的に帰属させ、分譲代金の支払(すなわち請負残代金の支払)があって初めてその所有権を平島、ひいては買主に移転させる必要性があったことは明らかである。請負契約当事者間の合理的意思は、控訴人の主張とは反対に、平島ビルの所有権を原始的に請負人である被控訴人に帰属させる趣旨のものであったと解すべきである。

登記官の行為の違法性及び過失について

平島ビルの請負人である被控訴人は、平島建設と久田組という二つの法人からなる建設共同企業体である。右建設共同企業体の一構成員である平島建設又はその代表者である平島が、他の構成員である久田組、ひいては被控訴人の利益に反する行動をとることは容易に想定される事態であり、控訴人主張の如く、例外的な事態ということはできない。しかも、この場合、登記官が調査義務を尽くすに当たり採らなければならない手段は、単に被控訴人の代表者である久田組に事実確認をする程度の簡単なことにすぎない。したがって、右程度の確認の措置を登記官に要求することが過大な調査義務を課すことになるとは、到底考えられない。

理由

一  本件専有部分について昭和五七年一二月一五日付けでなされた本件表示登記は、平島が池田に依頼してその申請手続を行ったものであること、池田は本件表示登記の申請に際し、提出書類として平島から交付を受けた平島ビルの建築確認通知書(〈証拠〉)、検査済証(〈証拠〉)、土地賃貸借契約書(〈証拠〉)、工事請負契約書(〈証拠〉)のほか、更に工事施工証明書(〈証拠〉)、建物調査書(〈証拠〉)等を添付して右申請を行ったこと、長崎地方法務局時津出張所の登記官は、右申請を受けて各提出書類を調査し実地調査をも行ったうえ本件表示登記をしたこと、平島は本件表示登記に基づき本件専有部分について自己名義の所有権保存登記を経由したうえ、抵当権設定登記をも了したこと、以上の事実については当時者間に争いがない。

二  被控訴人代表者の原審及び当審(第一回)における本人尋問の結果並びにこれにより成立を認める〈証拠〉によると、被控訴人は本件土地上に平島ビルを建築することを目的として組織された建設共同企業体であり、その代表者は久田組(代表取締役久田純司)であること(請求原因1項)、被控訴人は、平島との間で昭和五六年一二月一三日平島ビルの建築請負契約を締結し、注文者である平島が請負人である被控訴人に対しその請負代金一億一五〇〇万円を契約成立時五〇〇万円、地上権賃貸契約成立時一〇〇〇万円、分譲予約が成立し予納金があった場合その都度全額、残余は完成引渡後建築物分譲完了のとき、それぞれ支払う旨合意したこと(請求原因2項(一))及び被控訴人は右契約に基づき本件工事に着手し、昭和五七年一一月ころ右工事を完成させたこと(請求原因2項(二)。右のうち本件工事が完成していることは当事者間に争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない(被控訴人代表者の前掲各供述中、〈証拠〉の記載が真実に反するかにいう部分は、俄に措信し難い。)。

三  被控訴人の請求原因5項(登記官の行為の違法性及び過失)について

被控訴人は、本件専有部分の所有権は被控訴人に原始的に帰属し、未だ平島に引渡しをしていないものであるところ、本件表示登記の申請に際して添付されていた工事請負契約書の請負人欄の記載が被控訴人となっていて、建築確認通知書及び工事施工証明書の各請負人欄の記載(平島建設)との間に齟齬があったのであるから、実質的審査義務を負う登記官としては、右申請の審査に当たり、少なくとも被控訴人の代表者である久田組につき事実確認をすべきであり、平島建設側から事情聴取をしただけで本件表示登記をなした登記官の措置には職務上の注意義務に反する違法がある旨主張するので、検討する。

1  表示登記は、権利の客体である不動産の現況を正確に登記簿に反映させ、もって取引の安全を図ることを目的とした登記であり、以後表示登記の名義人が単独で所有権の保存登記をなし得るなど、権利の登記の起点となるべき登記である。

不動産登記法(以下「法」という。)は、表示登記のかかる目的達成のため、その申請義務を怠る者に対して過料の制裁を課し(法一五九条ノ二)、登記官に職権による表示登記の途を認める(法二五条ノ二)など、登記内容の真実性を高める配慮をしている。そして、建物を新築した所有者は、一月内に建物の表示登記を申請することを要し(法九三条一項)、右登記の申請書には、建物の図面、各階の平面図のほか、申請人の「所有権ヲ証スル書面」を添付する必要がある(同条二項)。右「所有権ヲ証スル書面」の具体的な種類・内容について、法は明文の定めをしていないが、不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日民三第四四七三号法務省民事局長通達。〈証拠〉参照。以下「準則」という。)一四七条一項は、「建築基準法第六条の規定による確認及び同法第七条の規定による検査のあったことを証する書面、建築請負人又は敷地所有者の証明書、…その他申請人の所有権の取得を証するに足る書面」を掲げており、登記実務も右準則に従って行われていることは公知の事実である。

ところで、表示登記の申請を受けた登記官は、遅滞なく申請に関する全ての事項を調査すべく(不動産登記法施行細則四七条)、申請書類を窓口において審査し、申請不動産の現況と申請書類上の表示とが一致するかどうかを確認し、必要があれば、申請不動産を検査し、その所有者その他の関係人に文書の呈示を求め、若しくは質問するなどして調査(実地調査)をすることができる(法五〇条。なお、準則九五条によると、登記官は実地調査を職員に代行させることができる。)。これは、表示登記が前記のとおり権利の登記の起点となる登記であり、客体たる不動産の現況を正確に登記簿上に反映させる必要があることから、特に法が登記官に付与した実質的審査権限と認められる。したがって、登記官が申請不動産の物理的現況と申請内容との一致、不一致につき実地調査をなし得ることはいうまでもないが、更に、申請者と真実の所有者とが異なる場合、登記官においてこれを却下することなく受理せざるを得ないとすれば、却って登記簿の記載に対する信頼を損なう結果となりかねないため、法五〇条が実地調査の範囲を制限する規定を置いておらず、かつ、表示登記の有する前記の如き意義を考慮すると、登記官は、申請者の所有権の存否についても実地調査権を行使し得るものと解するのが相当である。もっとも、登記官に実体法上の権利の存否に関する詳細な事実認定及び法律判断を常に義務として課することまでは、法の趣旨とするところではないと解されるので、登記官は、提出書類の書面審査の結果所有権の帰属に疑問を抱く場合において、補充的に実地調査権を行使してその点の調査をなし得るに過ぎず、また、右調査の結果を平均的な登記官の注意力をもって吟味したうえ右の疑問が解消し、申請者に所有権が帰属していると一応推認できる程度の心証を得れば、申請のとおりの表示登記をすることができると解すべきである。

2  これを本件について見るに、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(一)  平島は、本件土地上に平島ビルを建築する計画を立て、昭和五六年六月一日自己を注文者、小島建設工業株式会社を施工者とする建築確認(〈証拠〉)を取得した(なお右施工者の商号は同年六月二〇日に変更された平島建設の旧商号である。)。その後平島は建築資金に逼迫し、資金援助を求めるべく久田組に対し平島ビルの建築工事(本件工事)の実施を要請した。久田組はこの話に応じることとし、平島建設との間に建設共同企業体(被控訴人)を構成して本件工事の実施に当たることとし、両者の間に昭和五六年一二月一五日建設共同体協定書(〈証拠〉)が作成された。

(二)  本件工事は、平島建設の作成した設計図に基づき、建物の基礎工事と一部内装工事を右平島建設が、他の全ての工事を久田組がそれぞれ担当して行われ(なお建築資金は全額久田組が銀行借入れをして負担した。)、昭和五七年一一月ころ平島ビルが完成した。本件土地は第三者の所有地であり、久田組は右第三者との間に土地賃貸借契約書(〈証拠〉)を交わしていたが、地元町の指導により平島を賃借人とする土地賃貸借契約書(〈証拠〉)が改めて作成された。被控訴人は請負契約に基づく報酬の支払を全く受けていなかったが、同年一一月二日ころ、平島ビルの各専有部分の鍵を平島の妻平島勢津子に交付した。これは、平島建設から被控訴人に対し、各専有部分の購入希望客に内部を案内するためと、平島建設自身が専有部分の一部を買うために、鍵の引渡しを受けたいとの申入れがあったので、それに応じたものであった。

(三)  平島は、昭和五七年一二月八日、平島ビルのうち本件専有部分について、土地家屋調査士兼司法書士である池田に対し、建築確認通知書(〈証拠〉)、検査済証(〈証拠〉)、土地賃貸借契約書(〈証拠〉)、工事請負契約書(〈証拠〉)、り災届出証明書(〈証拠〉)のほか平島ビルの保守点検書類(〈証拠〉)等を持参して、その表示登記、保存登記、抵当権設定登記の申請を依頼した。

(四)  池由は、右書類を検討し且つ平島と同行して本件土地建物の現地に臨み、平島から平島ビルの全戸の鍵を示され、かつ、本件工事の主体は平島建設が遂行したとの説明を受けて、同人が平島ビルの引渡しを受けているものと判断し、平島建設に本件専有部分の工事施工証明書(〈証拠〉)を作成させ、自らは建物調査書(〈証拠〉)を作成したうえ、これを前記各書類とともに同月一三日、長崎地方法務局時津出張所に提出して、本件表示登記の申請をした。

(五)  ところで、前記建築確認通知書及び検査済証の各「建築主」欄、工事施工証明書の「依頼者」欄、工事請負契約書の「発注者」欄及び土地賃貸借契約書の「賃借人」欄の名義人はいずれも平島であり、建築確認通知書及び工事施工証明書の各「施工者」欄の名義人は平島建設(もっとも建築確認通知書のそれは正確には小島建設工業株式会社であったが、同社は前記のとおり商号を変更して平島建設となっていた。)であった。工事請負契約書の「請負者」欄の名義人は被控訴人であったが、池田が作成した建物調査書には、平島ビルの所有者は平島であり、本件工事の実質上の施工者は建設共同企業体のうち平島建設が当たった旨の記載があった。

(六)  登記官は、提出されたこれらの書類を窓口において審査し、右各書類が前記準則一四七条一項掲記の書面に相当するものであること、右のすべての書類において平島ビルが平島のために建築されたものと表示されていること、工事請負契約書を除く各書類において本件工事の施工者が平島建設と表示され、平島建設作成の工事施工証明書には平島ビルを同年一〇月一三日(二か月前)に平島に引き渡した旨の記載があること、工事請負契約書の請負者欄の記載が他の書類における記載と異なる点についても池田作成の建物調査書に一応首肯するに足りる説明があること等を確認した結果、本件専有部分の所有権が平島であるとの一応の心証を抱いた(もっとも、建築確認通知書は原本ではなかったが、同書面には長崎県長崎土木事務所長の「原本と照合の結果相違なきことを証明する」旨の認証文言が存在し、昭和五七年八月二日の大雨に関する長崎市北消防署長作成のり災届出証明書も添付されていたことから、格別の疑問も抱かなかった。)が、本件建物が区分所有を目的とする建物であったことから、実地調査を行うこととし、併せて前記建物調査書記載事項等についても念のため調査を行う趣旨で、登記専門職小松征二に右調査を命じた。同専門職は、同年一二月一五日ころ本件土地建物に臨み、本件専有部分を含む平島ビルの区分所有該当性を調査・確認したほか、平島が平島ビルの全戸の鍵を所持するのを現認し、平島建設の従業員から平島ビルの本件工事を担当したのは平島建設であるとの説明を受けたことから、その旨を登記官に報告した。なお、本件土地建物の現地には、当時、久田組の占有関係の存在を窺わせるものは何もなかったし、平島建設の関係者らが久田組ないし被控訴人と離反した状態になっていたと認められるような徴候も全く認められなかった。

(七)  登記官は、右報告に基づき、平島ビルが区分所有建物に該当し、本件工事の実際の工事施工者は被控訴人の構成員である平島建設であって、本件専有部分の引渡しも既に右平島建設から平島に完了しているとの心証を一層深め、かつ、工事請負契約書における残金支払の時期・方法についての前記二に認定の記載からしても本件工事請負者が代金の完済を受ける前に本件専有部分を平島に引き渡し、平島において表示登記及び保存登記を経由することを容認していると判断しても不合理ではないと考え、けっきょく本件専有部分の所有者は、右平島であるとの判断に達し、被控訴人の他方の構成員である久田組からの事情聴取をすることなく、本件表示登記をなした。

3  右事実によると、登記官は、提出書類を審査して本件専有部分の所有者が平島であることに格別の疑問を抱かなかったが、本件専有部分が区分所有を目的とする建物であったことから、本件土地建物の現地に臨んで実地調査を実施し、平島ビルの鍵の確認、平島建設の従業員からの事情聴取等を経て、平島建設側の説明を信用できるものと考え、久田組に改めて確認することもなく、平島ビルの真実の工事施工者は平島建設であって、同社から平島に対する引渡しも完了しており、本件専有部分の所有者は平島であるとの判断に達し、前記本件専有部分に係る本件表示登記をなしたことが認められる。

そうして、建物の表示登記の申請書に添付された書面のうち工事請負契約書を除く全ての書面が、その記載上平島を本件専有部分の所有者と示す内容で一致しており、実地調査によっても平島の所有権に疑問を抱く事情は見出し得なかったばかりか、建物調査書の内容もこれに沿うものであり、実地調査に立ち会った平島建設は被控訴人の構成員の一員でもあったことに鑑みると、登記官が、書面審査及び実地調査の結果に基づいて、工事請負契約書の記載に拘らず本件工事の施工者を平島建設と判断し、本件専有部分の所有者を平島であると判断したことには、登記申請に対する審査手続上、何らの誤りも認められず、右判断の結果も、平均的な登記官の注意力を払った成果として合理性を肯認することができ、これを違法なものとすることはできない。本件において、被控訴人の主張するような建設共同企業体の一構成員が他の構成員の利益に反する行動をとることが容易に想定される事情は見出し得ないばかりか、他に、登記官が久田組に対して確認することが必要不可欠であったと解すべき特段の事情も認めることができない。

してみれば、本件においては、登記官が久田組に対して被控訴人の主張するような調査確認をなすべき職務上の注意義務を負うものということはできず、右注意義務の存在を前提とする被控訴人の前記主張は採用することができない。

四  以上によると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、全て失当として棄却すべきである。

よって、これを一部認容した原判決は一部不当であるから、これを取り消したうえ、被控訴人の本訴請求及び本件附帯控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 山口茂一 裁判官 榎下義康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例